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育成就労制度における「やむを得ない事情による転籍」とは?実例と企業の注意点

育成就労制度における「やむを得ない事情による転籍」とは?実例と企業の注意点

育成就労制度における「やむを得ない事情による転籍」とは?実例と企業の注意点

はじめに 2027年(令和9年)4月から新たにスタートする「育成就労制度」。これまでの技能実習制度からの最大の変化の一つが、一定の条件の下で「転籍(職場変更)」が認められるようになったことです。 転籍には、大きく分けて「本人の意向による転籍」と「やむを得ない事情による転籍」の2種類が存在します。前者は一定の就労期間や技能・日本語能力の試験合格が条件となりますが、後者は「企業の倒産」や「ハラスメント・法令違反」など、外国人の責めに帰すべきでない理由によって発生するものです。

本記事では、公表された「育成就労制度 運用要領」に基づき、「やむを得ない事情による転籍」が具体的にどのようなケースで認められるのか、実例を交えて解説します。また、この転籍が発生した場合に企業(育成就労実施者)が負うべき深刻なリスクや、手続き上の注意点について徹底的に掘り下げます。

1. 「やむを得ない事情による転籍」の基本的考え方

育成就労制度は原則として3年間の計画的な育成を目的としているため、みだりな職場変更は推奨されません。しかし、外国人の人権を保護し、適正な就労環境を確保する観点から、育成就労法第9条の2第4号ただし書及び施行規則第25条において、「やむを得ない事情」がある場合には、転籍制限期間(1〜2年)の経過や試験の合格といった厳しい要件を満たさなくても、転籍が認められる仕組みが整備されています。

「やむを得ない事情」と認定された場合、転籍先となる新しい受け入れ企業は、本人意向の転籍で求められる「受け入れ人数枠の制限(本人意向転籍者の割合規制)」や「優良な育成就労実施者であること」といった要件が免除され、比較的スムーズに外国人材を受け入れることが可能となります。

2. 転籍が認められる「やむを得ない事情」の実例(7つの類型)

運用要領では、どのようなケースが「やむを得ない事情」に該当するのか、具体的に分類されています。代表的な7つの類型と実例を紹介します。

① 育成就労実施者から暴行、暴言、各種ハラスメント等の人権侵害行為を受けた場合

最も厳しく対処されるのが人権侵害行為です。

  • 実例(暴行): 胸ぐらを掴む、ヘルメットの上から手や工具で叩く、工具を投げつける、火傷をさせるなどの暴力行為。
  • 実例(暴言・パワハラ): 「国に帰れ」「バカ」「使えない」「死ね」といった名誉毀損・侮辱の発言。「〇〇人は出来が悪い」などの国籍・民族に関する差別的言動や、母国語を話したことへの罰金の要求、土下座の強要など。
  • 実例(セクハラ・マタハラ): 無理やりキスを迫る、不要に身体に触れる、しつこくホテルに誘うといった行為。また、妊娠したことを理由に解雇をほのめかすなどのマタニティハラスメント。 これらの行為は、指導のつもりであったとしても一切許容されず、直ちにやむを得ない事情に該当します。

② 育成就労実施者から雇用関係を打ち切られた場合(解雇・倒産等)

企業の経営不振や事業縮小など、労働者の責任ではない理由で就労が継続できなくなったケースです。

  • 実例: 企業の倒産、廃業、事業規模の縮小による整理解雇(雇い止め)。 解雇が法的に無効であっても、形式的に解雇が通知されていれば該当します。なお、正当な理由のない一方的な解雇は、育成就労計画の認定取消事由にもなり得ます。

③ 雇用契約を合意解除した場合(信頼関係の破綻)

  • 実例: 企業の役職員と育成就労外国人の間で深刻なトラブルが発生し、信頼関係の修復が困難となって、互いの合意の上で雇用契約を解除する場合。 ただし、企業側が退職に合意する旨の書面へのサインを強要した場合など、実質的に合意が無効と認められる場合でも、「形式的に解除の意思が合致している」として、やむを得ない事情による転籍が認められます。

④ 育成就労実施者が重大悪質な「法令違反行為」を行った場合

出入国関係法令や労働基準関係法令に対する違反があり、その態様が重大悪質な場合です。

  • 実例(計画との齟齬): 計画と全く異なる業務に従事させていた、他社で働かせていたなど。
  • 実例(賃金不払): 悪質な賃金未払い(休業手当の不払いを含む)。この場合、企業への是正申入れを待たずに転籍が認められます。
  • 実例(二重契約): 時間外労働を最低賃金未満で計算する裏契約や、時間外労働に対して出来高払いの契約を結んでいた場合。
  • 実例(その他の法令違反): パスポートや在留カードの保管、私物の不当な管理、外出の制限、恋愛・妊娠の禁止、違約金の設定など。また、違法な長時間労働や、安全衛生法違反(高所作業での墜落防止措置の未実施など)も該当します。

⑤ 育成就労実施者が重大悪質な「契約違反行為」を行った場合

雇用契約の条件や待遇と、実際の労働環境に大きな相違がある場合です。

  • 実例: 契約通りの賃金を支払わない、正当な理由なく有給休暇を取得させない、食費などの過剰徴収を行う場合など。
  • 実例(住環境の相違): 事前に説明されていた宿泊施設の条件に反し、本人負担額が増加したり生活環境が悪化したりした場合も、雇用契約等の条件又は待遇と実態の相違として認められます。

⑥ 雇用条件について母国語で適切な説明を受けていなかった場合

育成就労制度では、契約締結時に「母国語」で労働条件や待遇を直接説明する義務があります。この義務に違反していたことが事後的に発覚した場合は、やむを得ない事情とみなされます。

⑦ その他、就労を継続することが相当でない事情

  • 実例: 就労開始後に、職場で取り扱う原材料に対するアレルギーや疾病を発症してしまい、その職場での就労継続が困難になったり日常生活に支障をきたすようになったりした場合。

3. 「やむを得ない事情」が発生した場合の手続きと企業の対応

実際に上記のような事情が発生し、育成就労外国人が転籍を希望する場合、企業や監理支援機関は厳格な手続きを踏む必要があります。

① 外国人からの「申出」の受理と事実確認

外国人が転籍を希望する場合、「育成就労実施者の変更希望の申出書」(参考様式第1-16号)を企業または監理支援機関に提出します。口頭で伝えられた場合でも、企業は申出書の作成を指導・案内する義務があり、受け取りを拒否することはできません。 申出を受けた企業や監理支援機関は、直ちに事実関係を確認し、前述の「やむを得ない事情」に該当するかどうかを判断します。

② 機構への「届出」と「対応通知書」の交付

申出を受けた企業(単独型の場合)または監理支援機関(監理型の場合)は、**「遅滞なく」**外国人育成就労機構に「育成就労実施者の変更希望の申出受理届出」(省令様式第5号)を提出しなければなりません。事実確認に時間がかかる場合でも、届出自体を遅らせることは許されず、未確定事項は「追って報告」として提出します。同時に、外国人本人に対して対応結果を記した「対応通知書」を交付します。

③ 「育成就労実施困難時届出書」の提出

やむを得ない事情の存在が確認され、現在の職場での就労継続が困難となった場合、企業や監理支援機関は、事由発生から2週間以内に「育成就労実施困難時届出書」(省令様式第13号)を機構へ提出します。

④ 転籍に向けた「連絡調整」と「支援」の義務

企業や監理支援機関は、外国人を放置することは許されません。次の受け入れ先が見つかるまでの間、他の企業や監理支援機関等との連絡調整を行い、円滑な転籍を支援する義務(法第51条)を負います。 また、新しい企業が決まるまでの間、外国人が住む場所を失うような場合には、当面の間の宿泊施設を確保するなどの生活に関する支援を行うことも想定されています。

4. 企業が直面する深刻なリスクとペナルティ

「やむを得ない事情」による転籍が発生したということは、多くの場合、元の受け入れ企業(転籍元)に何らかの法令違反や契約違反があったことを意味します。企業は以下の深刻なリスクに直面します。

① 育成就労計画の認定取消しと「5年間の受け入れ禁止」

暴行や賃金不払い、二重契約などの重大な法令違反が事実として確認された場合、機構による実地検査等を経て、法第16条に基づく**「育成就労計画の認定の取消し」**という極めて重い行政処分が下されます。 認定が取り消されると、その企業は「欠格事由(法第10条)」に該当し、取消しの日から5年間は新たな育成就労外国人の受け入れが一切できなくなります。さらに、その企業で働いていた他の全ての育成就労外国人も、そこで働き続けることができなくなり、全員の転籍を余儀なくされます。

② 非自発的離職者の発生に伴う人数枠制限

育成就労制度では、「過去1年以内に同種の業務に従事する労働者を非自発的に離職させていないこと」が受け入れの条件となっています。やむを得ない事情による転籍が直ちに「非自発的離職者の発生」とみなされるわけではありませんが、状況(違法な解雇や悪質なハラスメント等に起因する退職)によっては、非自発的離職者を発生させたと判断され、新規の受け入れが制限されるリスクがあります。

③ 「初期費用の補填」が受けられない

「本人の意向による転籍」の場合、転籍先の企業は、転籍元の企業が外国人の入国・育成に費やした初期費用の一部を按分して補填(支払う)するルールがあります。 しかし、外国人が「やむを得ない事情」によって転籍した場合、転籍元の企業においてこの補填を受けることはできません。採用や育成にかけた投資が回収できなくなります。

④ 改善命令と企業名の公表

認定の取消しに至らないまでも、関係法令への違反が判明した場合には、出入国在留管理庁長官及び厚生労働大臣から「改善命令」が発出されます。この改善命令は公示(公表)されることになっており、不適正な受け入れを行っていたことが社会に周知され、企業のレピュテーション(信用)に深刻なダメージを与えます。

⑤ 転籍を妨害する行為の禁止

企業が、自らの非を隠すため、あるいは人材流出を防ぐために、転籍を妨害する行為は固く禁じられています。 例えば、転籍の申出をしたことを理由に解雇する、預金通帳やパスポートを取り上げる、転籍手続きに必要な「従前の育成就労計画の写し」の交付を拒否する、技能試験の受験場所を提供しない、といった行為はすべて違法であり、これ自体が新たな認定取消事由となります。

まとめ

育成就労制度における「やむを得ない事情による転籍」は、劣悪な労働環境や人権侵害から外国人材を保護するための重要な「セーフティネット」です。 この転籍が発生するということは、企業における労務管理やコミュニケーションに重大な欠陥があった証左であり、厳しい行政処分の対象となるばかりか、多額の採用・育成コストを失う結果を招きます。

制度が「育成就労(人材育成と確保)」へと移行し、一定の転籍が認められるようになる中で、企業に求められるのは外国人を「安価な労働力」として扱うのではなく、一人の大切な従業員として尊重し、日本人と同等以上の労働環境を提供することです。 日常的な「やさしい日本語」での声かけによる相互理解、ハラスメントの防止、適正な賃金管理と住環境の整備。これらを徹底し、「選ばれる企業」となることこそが、新制度下において外国人材の定着を図り、企業の成長を確かなものにする唯一の道と言えるでしょう。

※免責事項:本記事は令和8年2月発行の「育成就労制度 運用要領」等に基づき作成しています。実際の運用にあたっては、出入国在留管理庁厚生労働省、外国人育成就労機構等の公式発表を必ずご確認ください。

特定行政書士 中川正明

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