遺言、正の財産と負の財産

 遺言書の作成を検討する場合、その多くは○○の不動産は○○に、○○の預金は○○に相続させるというように、主として正の財産の相続を念頭にしており、負の財産、つまり借金保証債務についての言及が少ないことが通常となっているように感じます。そもそも、正の財産、つまり預金や不動産などは、被相続人に所有権があるものを相続人へ相続させることが前提となっていますので、自分に所有権があるものを誰に渡そうが【後に不服のある相続人から当該相続人に対し遺留分侵害請求があるかどうかは別として】私の勝手でしょ。っていう理屈が通るのも理解できますが、、負の財産、つまり借金や保証債務等については正の財産と違って借りているのは本人ですが、貸している方、つまり、債権者の存在がある点で正の財産とは扱いが違ってきます。仮に相続人が3人(A、B、C)いると仮定した場合、私の借金を相続人Aだけに相続させたいので、BとCには借金の取り立てをしないでほしい。という思いでその内容の遺言書を残した場合を想定すると、お金を貸している側の債権者からみると、Aが返済能力が十分あるなら別として、勝手にそんなことするなんてどういうこと?という言い分も分かります。実際、法令上は債権者はそのような遺言があった場合でも、法定相続分に応じてA、B、Cに請求できることになっています。

 これらのケースをサラリーマンと経営者(個人、法人)にあてはめて考えると、サラリーマンの場合は、被相続人に預金の他、住宅ローンの残債がある場合にこれらの対応を検討する必要があり、経営者の場合は、会社に借金がありそれに対し個人保証を入れているような場合にもこれらの対応を検討する必要があるということになります。そもそも、負の財産の額正の財産を大きく上回るような場合には、相続の放棄や限定承認の検討をして期限内に適切な手続きをする必要に迫られることになりますし、会社などを総合的に引き継ぐような場合には事業継承の専門家に相談するような対応も必要になると考えられます。サラリーマンに関しては、担保となっている土地建物を相続する相続人の方が、住宅ローン残債を引き継ぐというのが自然な流れですが、この場合でも日頃から家族で相談しておくことが後々いい方向へいくといえるかもしれません。遺言書の内容としては、「Aには以下の土地と建物を住宅ローンの残債務とともに相続させる。」などといった記載例になるかと思いまが、あらかじめ銀行が同意している場合は別として、銀行はB、Cに対しても請求できるのが原則になります。

借入を誰がどのような割合で相続するか、また、私も返していきたいという奇特な方は少ないかもしれませんが、事業継承して将来性のある会社なのでその程度の借金なら、きちんと返済して会社をもっと大きくしたいというような場合、そのような意思が働くこともゼロではありません。

いずれにしても、負の財産の相続に関しては、当事者以外に債権者という存在をどうしても意識する必要がありますので、債権者が納得、同意できるような内容の相続となり、相続開始後においても、相続人、債権者ともにウインウインの関係が構築できるのが一番理想といえます。

よく言われるのが、当事者と債権者の間で交わされる契約で、前述の例のように相続人がA、B、Cの三人いる場合においても、Aのみに借入を相続させ、BとCは相続しない、つまり、債権者が同意した場合、本来BとCは法定相続分に応じた負担を求めるところ、これを免除するというような内容で相互に協議が整った場合には、「免責的債務引受」といわれる契約を締結することもあるようです。債権者が難色を示すような場合には、「重畳的債務引受」といわれる契約も選択肢になってきます。これを遺言の内容と一致させることで相続開始後においても狼狽えることなく冷静にことが運べるということになります。

きょうは、遺言の論点であまり話題にあがらない、負の財産について取り上げてみました。大切なポイントは、負の財産は原則法定相続分に応じて負担するのが原則で、遺言に書いていたとしても債権者に対しては原則対抗できない。という点でした。いずれにしても、争いになるようなケースは、弁護士先生にご相談されるのがベストです。参考にしていただければ幸いです。

行政書士中川まさあき事務所