民泊×経営・管理ビザは本当に「簡単」なのか?
― 2025年改正後の最新要件を行政書士が解説
最近、大手ニュースサイトやSNSで、「中国人の方が民泊事業を足がかりに経営・管理ビザを取得し、日本へ移住するケースが急増している」という話題が取り上げられています。
その中には、
- 「500万円を用意すれば、比較的簡単に経営・管理ビザが取れる」
- 「まず4ヶ月のビザで来日して、1年ビザに更新すればOK」
- 「民泊事業なら小さい投資でも大丈夫」
といった “簡単そうな” 情報も多く見られます。
しかし、2025年10月16日に在留資格「経営・管理」の許可基準(上陸基準省令)が大きく改正され、この「500万円で簡単」というイメージは、現行制度とは大きく乖離しています。
この記事では、改正後の公的な基準を踏まえながら、この問題を整理してみたいと思います。
1. かつての「500万円基準」とは何だったのか
まず、よく耳にする「資本金500万円あれば経営・管理ビザが取れる」という話は、改正前の上陸基準省令に基づいたものです。
旧制度のイメージ(~2025年10月15日申請分まで)
- 事業所が日本国内にあること
- 事業の規模として
- 日本で居住する常勤職員2名以上の雇用 または
- 資本金又は出資総額500万円以上 または
- それらに準ずる規模
つまり、「500万円」はあくまで事業規模を判断するための目安の一つであり、
「500万円さえあれば必ず許可される」という意味ではありませんでした。事業計画の安定性・継続性、事業の実態、許認可の有無なども総合的に審査されます。
とはいえ、この500万円基準が独り歩きし、「お金で買えるビザ」「ペーパーカンパニーでも取りやすい」といった誤解や批判を招いていたことも事実です。
2. 2025年10月16日施行の改正で何が変わったのか
2025年10月16日施行の改正により、在留資格「経営・管理」の許可基準は大幅に厳格化されました。
出入国在留管理庁の公表資料や官報に基づき、主なポイントを整理すると次のとおりです。
【改正後の主な許可基準(新規申請のイメージ)】
- ① 事業所要件:日本国内に実在する事業所があること
- ② 事業規模要件:
- 申請者以外の本邦居住の常勤職員を1名以上雇用していること
- 資本金又は出資総額が3,000万円以上であること
- (旧制度にあった「これらに準ずる規模」は原則削除)
- ③ 経営者の資質要件:
- 経営・管理に関する3年以上の実務経験、または
- 経営管理や事業分野に関する修士相当以上の学位
- ④ 日本語能力要件:
- 申請者または常勤職員のいずれかが、相当程度の日本語能力(目安:JLPT N2など)を有すること
- ⑤ 事業計画の専門家確認:
- 中小企業診断士・税理士・公認会計士等の専門家が事業計画の実現可能性を確認した書面を添付
- ⑥ 公租公課・許認可:
- 法人税・消費税・源泉税・社会保険等の適正な納付
- 必要な業法上の許認可(旅館業・住宅宿泊事業など)の取得状況
また、2025年10月15日以前から「経営・管理」で在留している方については、最長3年間の経過措置が設けられていますが、
それでも将来的には改正後基準への適合が求められる方向性が示されています。
3. 「4ヶ月ビザ → 1年ビザ」は今もあり得るが、勘違いに注意
よくSNS等で見かけるスキームとして、
- まず4ヶ月の「経営・管理」または関連の在留資格を取得し、会社設立や事務所契約の準備を行う
- その後、1年の経営・管理ビザに更新して本格的に事業を開始する
という流れが紹介されています。この流れ自体は、現在も制度上は存在します。
しかし、重要なのは次の点です。
- 4ヶ月の在留はあくまで「準備期間」にすぎない
- その後の1年ビザへの更新時点で、改正後の厳格な許可基準を満たす必要がある
- 4ヶ月取れたからといって、1年ビザが保証されたわけでは全くない
資本金3,000万円、常勤職員1名以上、事業所の実在性、民泊であれば旅館業・住宅宿泊事業法・特区民泊などの許認可…
これらを4ヶ月という短期間で整え、かつ実態ある事業として説得力ある書類を揃えることは、決して容易ではありません。
4. 民泊事業で経営・管理ビザは本当に「簡単」なのか?
民泊事業は一見すると、
- 少ない資金で始められそう
- インバウンド需要もあり、収益性が高そう
- 物件さえ借りられれば事業が成立しそう
というイメージから、経営・管理ビザの対象として語られがちです。
しかし、改正後の許可基準と照らし合わせると、現実はかなり厳しいと考えた方が安全です。
■ 民泊×経営・管理ビザで見られる主なチェックポイント
- ① 事業所・物件の適法性
・単なる住居契約のマンション1室を「黙って民泊」に使うことは当然NGです。
・用途地域や建築基準、防火設備、管理規約、周辺環境を含めて、旅館業法・住宅宿泊事業法・特区民泊などの制度に適合している必要があります。 - ② 事業規模
・改正後は資本金3,000万円+常勤職員1名以上が原則です。
・ワンルーム1~2室程度の「小規模・副業的な民泊」は、事業規模の点で説得力に欠けるケースが多いでしょう。 - ③ 継続性・収支の妥当性
・稼働率、単価、維持費、税金、清掃や管理委託費、人件費などを踏まえた現実的な事業計画が求められます。
・「民泊ブームだから儲かるだろう」というレベルでは、専門家が確認書面を出しづらくなります。 - ④ 地域との調和・トラブルリスク
・騒音・ゴミ・マナー違反・近隣トラブルなど、近年問題視されている要素も、広い意味で「相当性」の判断材料になります。
このように、「民泊なら簡単」という発想は、改正後の基準とは相当なギャップがあります。
形式だけ整えた「取り繕った事業計画」では、在留資格該当性や基準省令適合性の面から不許可となる可能性が高いと考えるべきです。
5. なぜここまで厳格化されたのか ― 背景と中国人経営者の動向
今回の厳格化の背景には、いくつかの問題意識があります。
- 資本金500万円要件の「低さ」を利用したペーパーカンパニーや名目会社の増加
- 実態の乏しい事業や、短期間で廃業してしまうケース
- 宿泊・民泊分野を中心に、中国人経営者をはじめとする外国人投資の急増と、それに伴う地域トラブル
- 国際的な投資ビザ水準との比較における、日本の要件の緩さ
- 社会保障・教育など、公的負担とのバランス
統計上も、経営・管理ビザを持つ外国人の約半数が中国籍とされ、
宿泊・民泊分野での急速な投資拡大が一因となって、厳格化の方向性が打ち出されたと分析されています。
こうした状況を見ると、今回の改正は
「量から質へ」― 事業規模・雇用・日本語・経営能力を重視し、
日本経済や地域社会に実質的な貢献が期待できる経営者を選別する方向へ舵を切った
という評価が妥当ではないかと感じます。
6. これからの課題 ― 受入キャパシティとデータ活用の必要性
中国の方に限らず、日本への永住・長期在留を希望する外国人は今後も増加が見込まれます。
経営・管理、留学、特定技能、高度専門職など、各在留資格ごとに「どれくらいの規模まで受け入れるのか」というキャパシティ設計は、もはや入管庁だけの問題ではありません。
本来であれば、
- 人口動態・労働市場・地域別の住宅事情
- 産業ごとの人手不足・過剰の状況
- 社会保障・教育・インフラへの負荷
といった多様なデータを、AIや統計分析を駆使して可視化し、中長期の受入方針として設計する時期に来ているように思います。
一方で、足もとでは「民泊+経営・管理ビザ」のように、ある特定分野への申請が一気に集中する現象にどう対応するかという、非常に現実的で切迫した課題もあります。
省庁間で人員や予算を柔軟に動かすのは容易ではありません。
だからこそ、政治レベルでの方針整理や、地方自治体との連携も含めた大きな枠組みでの議論と対策が求められていると感じます。
7. まとめ ― 「簡単」という言葉から一度距離を置く
改正後の経営・管理ビザを踏まえると、次の点は強調しておきたいところです。
- 「500万円あれば簡単に取れる」という情報は、すでに制度改正により現状と合致していない
- 4ヶ月ビザは「準備のための通過点」にすぎず、1年ビザへの更新時には新しい厳格な基準を満たす必要がある
- 民泊事業であっても、3,000万円規模+常勤職員+適法な許認可+実現可能な事業計画といった条件を総合的に満たさなければならない
- 在留資格審査は、形式だけでなく実態と相当性を重視する方向へシフトしている
「簡単らしい」といった断片的な情報だけを頼りに動き出すと、
結果としてご本人も、ご家族も、事業関係者も、誰も幸せにならないケースが増えてしまいます。
もし経営・管理ビザや民泊事業を通じて日本での起業・移住を検討されている方がいれば、
最新の公的情報を確認しつつ、事業の実態や将来性を冷静に見つめ直し、専門家に相談しながら進めていくことを強くおすすめします。
制度は変わりますが、「実態ある事業で、日本と地域社会に貢献したい」という真摯な思いは、必ず審査にも伝わります。
その思いを、法令に適った形で実現していけるよう、行政書士として今後も丁寧にお手伝いしていきたいと思います。 ※本記事は執筆時点の公表資料に基づき作成した一般的な解説であり、個別案件の許否を保証するものではありません。必ず最新の法令・運用をご確認ください。
