
相続は、サラリーマンをはじめとする一般の個人にとっても避けがたい課題ですが、中小企業経営者にとっては「事業承継」という追加の重大テーマを伴うため、さらに複雑で深刻な問題になります。にもかかわらず、対策を先送りしてしまう経営者は少なくありません。先送りの背景には、相続や承継がまだ先の話という意識や、関係者間での調整の困難さがあると考えられます。
特に中小企業の場合、経営者が会社の株式を大部分保有し、経営と所有が一体化していることが多く、親族による株式保有の比率も高いため、相続と事業承継は切り離して考えにくい状況です。後継者が経営を引き継ぐ際には、代表権だけでなく株式も相続または贈与によって承継することが一般的です。しかしこの際、会社の資産だけでなく、負債や保証債務も相続の対象となるため、後継者や他の相続人との利害調整が不可欠となります。
特に留意すべきなのが、経営者個人による金融機関への債務保証の存在です。債務保証は、金融機関にとっては会社の与信補強手段である一方、相続人にとっては不確実な責任を背負うリスクです。相続人が事業に関与しない場合、負債や保証債務の承継を避けるため、相続放棄を選択する可能性もあり、これにより会社の経営継続に影響を与えるケースも想定されます。
さらに、建設業や運送業、宅建業など、事業に必要な許認可の更新・名義変更の可否や承継条件の確認も重要です。許可によっては、法人代表者の変更に伴い、新規申請を要する場合もあるため、継続的な業務運営に支障をきたさないよう、あらかじめ行政書士や士業専門家との綿密な連携が求められます。
これらの要因が複雑に絡み合うことで、単なる財産分与としての相続以上に、経営者の相続は「企業存続の根幹」に直結する事案となります。だからこそ、相続対策を税理士や司法書士、行政書士などの専門家と共に早期から検討し、各種シナリオを可視化しておくことが肝心です。
具体的には、以下のようなステップで備えることが推奨されます。
自社株評価と資産・負債の棚卸
税務上の評価額を確認し、相続税・贈与税負担を想定したうえでの資金計画を立てます。
保証債務や契約上の責任の把握
金融機関との保証契約や役員借入金の状況を洗い出し、必要に応じて再契約や保証解除の調整を行います。
後継者と他の相続人との役割整理
経営に携わる人物とそれ以外の相続人との間で、株式、不動産、預貯金などの配分や役割を明確にし、遺留分などを考慮した争いの予防に努めます。
必要に応じた遺言書の作成や信託の活用
法的拘束力のある遺言や民事信託を活用することで、意思を確実に実現し、承継過程をスムーズに進める手段となります。
経営経営と生活の両輪を担う中小企業においては、経営者の死去がすなわち事業の停止や混乱を意味しかねません。だからこそ「万が一」は「今そこにある未来」と捉え、具体的な対策を講じることが企業存続の最大のリスクマネジメントとなります。
行政書士中川まさあき事務所(福井県越前市)